2022年6月29日水曜日

シングルセル+空間解析の統合解析

今年は梅雨入りが6月、梅雨明けも6月! 何という早い梅雨でしょうね。そして猛暑!! 昭和生まれのオッサンは意外と暑さに弱い。これ共感力あるワードだと思います。

さてさて、そんなことより今年は空間解析が大ブームになる予感がしますのでそれをお伝えしますね。

Spatial Biology 「空間バイオロジー」という言葉は最近、よく聞きます。仕事上私は毎日必ずメールでこの言葉を見たり、書いたり、打ち合わせやセミナーで口にしたりしています。

ちょっと前の羊土社のウェビナーや、特集号でも話題になったので気になっている人も多いと思います。そうはいっても実は、人によって「空間バイオロジー」と聞いて持つイメージはだいぶ違うのが本当のところです。ここのサイトの図1を見てみましょう!

空間網羅タイプの空間トランスクリプトーム(遺伝子発現)が最近注目されている分野ですが、これはすなわち組織切片のどこで、どんな遺伝子がどれくらい発現していたのか、を網羅的に検出する技術です。

一番左に書かれている、FISHやseqFISH, MERFISH, という方法は、組織のその場所で発現していたmRNAにプローブをハイブリさせ、そのプローブに蛍光付きの別のプローブをさらにハイブリさせ、それをイメージング(蛍光)技術によって検出します。そのため一度に検出できる遺伝子の数に制限があります。しかしmRNA分子を一分子のレベルで検出することが可能なので、解像度は高いと言えます。

一方で、その隣の in situ キャプチャー法。これは10x のVisium や、Slide-seqに代表されるような、スライドの上にキャプチャーオリゴを並べ、各スポットに個別の目印オリゴをつけて、キャプチャーオリゴの上に落としたmRNAを場所の目印をつけた状態でシークエンスする。そして配列情報から元々の場所情報を紐つける方法です。

ちょっと何言っているか、、、 という人はこちらをどうぞ

それはそうと、Visiumをはじめ空間解析の最大の問題は、その情報が細胞レベルでは無いと言うこと。それは例えばVisiumの場合、直径が55μmのスポットの中で、その内部に含まれる細胞複数個のRNA-Seqを行うこと。そのスポットが5,000個、6.5mm x 6.5mmの正方形の中に並んでいる。6.5mm x 6.5mmの正方形のエリアに載せた組織切片のどこで、どんな遺伝子が発現していたのか、網羅的にわかることは画期的で素晴らしい。だが一方で、その遺伝子発現はあくまで直径55μmのスポットでのデータである。そのスポットに存在した複数の細胞が異なるタイプの細胞だった場合、スポット単位の遺伝子発現は複数細胞の発現データの平均になってしまうため、細胞個々の性質を見逃してしまうかもしれない。

そういう時に活躍するのが、Chromiumをはじめとするシングルセル解析である。組織(往々にして凍結切片組織)をバラバラにして、シングルセルまたは核のRNA Seqを行い、同じ凍結切片のVisiumデータと後でデータを統合する。このようなシングルセル+空間解析、という統合解析がある。

そこで最近Publishされたのが、こちらの論文

Bin Li et al.,  (2022) "Benchmarking spatial and single-cell transcriptomics integration methods for transcript distribution prediction and cell type deconvolution." Nature Methods. 19, 662. 


この論文では、今存在する16種類の「シングルセル+空間解析統合メソッド」を45のデータセットと32種類のシュミレーションデータで試してベンチマーキングをしている。正直私もこんなに手法があるなんて知らなかった。

フリーの論文では無いので詳しくは中身を読んで欲しいと思うが、ちょっとだけ言うと、

Discussionのところで彼らは "Tangram, gimVI, SpaGE outperformed other integration methods for predicting the spatial distribution of transcripts," と述べ、一方で、

"Cell2location, SpatialDWLS, RCTD were superior to other integration methods for cell type deconvolution of spots in histological sections."

と述べている。空間的な分布を予測するのに優れているツールと、スポット内の細胞タイプをディコンボリューションするのに優れているツールと、手法によってそれぞれ得意な分野があるようだ。つまり一見同じ目的を持ってシングルセルのデータを空間解析に統合しているツールにも、目的に応じて一長一短があるというのは面白い。

近い将来、10x のVisium HD やBGIのStereo-Seqなど、スポットの直径を小さくしたバージョンの技術が登場しても、シングルセルデータと統合する必要性は残るかもしれない。Spatial Transcriptomics はあくまでもスライド上に物理的に設置したスポットごとにRNA-Seqをするわけであり、スポットの大きさが小さくなってもそれが細胞のサイズと同じになるわけではないからだ。スポットサイズが細胞より小さくなることもある。そうなると新たなインテグレーションツールが必要になってくるかもしれない。

もしあなたがバイオインフォの専門家でツールを開発するのが大得意だとしたら、次にくる大きな波はこれです。シングルセルと配列空間解析、または画像からの空間解析、その全てを統合するツールが全世界的に必要とされる時代がまもなく来ます。←私の勝手な想像だけどね

NGSがそうであったように、まずテクノロジーが広まって、次に解析ソフトウェアがあちこちから生まれる。データの解析方法でさまざまな議論が起こり、やがてどこかのツール(解析手法)に落ち着く。

シングルセル+空間解析は今、テクノロジーが乱立している状態です。たくさんのデータをどう解析処理して行くべきか、決着するのにはもう少し時間がかかりそうな感じがします。


2022年3月23日水曜日

シングルセル2022年の新製品

 今日は東京も小雨、時々雪!? 昨日桜の開花宣言があったとは思えない寒さ・・・

先月Xperienceというウェブイベントがあって、今年発売される新製品の数々が発表されました。この様子は何と、日経バイオテクの記事にもなりまして


有料記事なので中身を書くことはできませんが、私たちの製品についてまとめてくださっていますので、著作権に触れない程度でご紹介しますね。

今年リリースするシングルセルの製品は以下の通り
  1. ATACの新しいバージョン、ATAC v2 
    • ピークコールの検出感度が今より高くなった
  2. シングルセル5’ CRISPR
    • シングルセル5’GEXのキットとともに使用できる
    • 今のガイドRNAをそのまま(3’CRISPRの場合はガイドRNAにキャプチャー配列をつけなければいけない)シングルセル実験に用いることができる
    • 細胞表面タンパク質発現やVDJ解析も同時に行うことができる
  3. 固定細胞からのシングルセル発現実験を可能にする、Fixed RNA
    • 細胞を回収した際に4%パラホルムアルデヒドで固定し、細胞をその時の状態で保存する
    • 固定した細胞を、Chromium Xにかける前に透過処理し、デザインされたプローブをハイブリすることによって遺伝子発現を検出する
    • 18,000のヒト遺伝子に対してプローブがデザインされ、発現の検出感度は高い
    • 細胞表面タンパク質発現も同時に解析できる
  4. シングル核実験を容易に行うために最適化された、核抽出キット
    • 凍結組織からおよそ1時間で綺麗な核を抽出するキット
    • 溶液で組織をバラバラにしスピンカラムで遠心、洗浄、など使いやすいキット
  5. Barcode Enabled Antigen Mapping (BEAM)
    • 抗体探索、T細胞スクリーンをシングルセルレベルで大規模に行う製品
    • 今年後半にリリース予定
1から4までは今年の中旬までにリリース予定。
中でも個人的に特に注目しているのは固定細胞からのシングルセル遺伝子発現、Fixed RNAです。やはり、細胞採取から時間が経つと遺伝子発現が変わってしまうケースがあります。そんな場合でもPFA固定してしまえば、実験までの間に発現が変わってしまうことを防ぐことができるかもしれません。
このFixed RNAキットは、Chromium XまたはiXに対応しています。

さてさて、これらの製品ですが、リリースまであともう少し待って下さい。
英語ウェビナーの後、ゴールデンウィークの後に日本語ウェビナー(Fixed RNAと核抽出キット)を行います。
そこで製品説明・ワークフロー・データなどをお見せしますね。

Visiumについても新製品ありますよ。それはまた次に

2022年3月20日日曜日

空間的トランスクリプトミクス まずはこれを読もう

最近暖かくなってきましたね。花粉が飛んでいます。私は数年前から年に数日くらい、花粉がひどい日 には花粉症の症状が出ます。目とくしゃみです。でも今年はもう3日症状が出てる。これから大丈夫かな。

さて、話はガラッと変わりますが、生体システムが正しく機能するためには、その構成要素である細胞の空間的な場所情報が重要です。発生段階において、胚の形態形成は正しい細胞種が正しい場所で分化するように厳密に制御されています。また成体では、組織内の細胞の空間的な構成は、臓器が適切に機能するために極めて重要です。

細胞の種類や細胞機能が空間的にどのように変化しているかは、その場所における遺伝子発現を定量することで測定することができます。また疾患バイオマーカー探索に代表されるように、未知の遺伝子が空間的でどのように発現しているかは、その遺伝子の機能を知る手がかりとなります。

ではどうやって遺伝子発現を解析するか? 一般的にその遺伝子がコードするタンパク質や転写産物を定量化することで行われます。かつては数遺伝子単位で解析するしか方法はありませんでしたが、現在はタンパク質と転写産物のいずれについてもハイスループットな解析手法が存在します。

さて、「空間解析・Spatial Analysis」と言っても様々です。これは実験医学の記事に詳しく説明があります。

実験医学 2021年9月号 Vol.39 No.14 空間トランスクリプトーム

ここでは、空間トランスクリプトームという技術を2つに分けています。組織切片全体を解析対象にする空間網羅タイプと、局所的な部分(Region of Interest:ROI)を解析対象とする局所深読みタイプに分けています。これらのタイプはさらに2つに分かれます。

最初の切片全体を見る空間網羅タイプにはまず、single molecular fluorescent in situ hybridization (smFISH) や、それを連続的に行うMERFISHなど「連続FISH法があります。発現していた遺伝子のRNAに、蛍光プローブを連続的にハイブリダイズさせ、RNAを1分子単位で検出します。

もうひとつが「in situ キャプチャー法。SlideSeqや10x GenomicsのVisiumがこれ。組織切片を特殊なスライドに載せて、発現していた遺伝子をそのままスライド上のキャプチャーオリゴに転送します。

続いて局所深読みタイプのうち物理的に組織を切り出してそこに含まれていた遺伝子・タンパクを解析するのが、20年以上前からメジャーなLaser Capture Microdissection (LCM)などです。最近では直径1ミリメートル以下スポットから、遺伝子やタンパク質の発現を蛍光で検出する光化学的な検出法もあります。Nanostring社のDigital Spatial Profiling(DSP)という手法がこれにあたります。

このように空間トランスクリプトームといっても様々で、どれも長所短所はあります。空間網羅タイプと局所深読みタイプは、そもそもコンセプト・使い方が違うと思いますね。10xは網羅タイプです。つまり局所を選んで深読みするということはそこにヒトの主観が入る・バイアスが入る。これよりも切片全体をできるだけ広く読んだほうがバイアスがかからない解析ができる、という考え方。

10xのVisiumがin situ キャプチャー法であるなら、もう一つの空間網羅タイプの連続FISH法は今年後半にリリース予定のXeniumになります。Xeniumについてはまた今度の機会に特集しますね。

ところで、最近Natureから素晴らしいレビューが出ました。

Moses et al. (2022) Museum of spatial transcriptomics. Nature Methods

このレビューは1987年にさかのぼって空間トランスクリプトームの歴史をひも解いています。1987年から「空間トランスクリプトーム(Spatial Transcriptome)」という言葉があったのは意外ですね。内容はとても濃いのでまとめることは難しいのですが、私も含め、この技術について勉強したい人はまず最初にお勧めします。私のプレゼンの中にこのレビューに書かれている内容がサラッと入ってきたら「ああ、こいつパクったな」と思ってください(冗談。パクりませんよ)。