2018年8月29日水曜日

エピゲノムのベンチャーを買収してシングルセルATACへ

Epinomicsのウェブサイト

10xのウェブサイト
買収そのものの話は前から社内で共有されていたのですが、昨日、エピゲノム分野のスタートアップ会社・Epinomics社を買収したと言う公式発表がありました。

この会社、スタンフォード大学と共同でATAC-Seqという技術を発明・開発したのですが、ではそもそもATACって何? という方の為に簡単に説明しますね。

ATACとは(Assay for Transposase-Accessible Chromatin )の略。
人間の染色体に含まれるDNAは全部伸ばすと約2メートル、これが細胞の核の中に収納されているわけですが、これを可能にしているのがヒストンというタンパク質。
ヒストンの周りにDNAを巻きつけて凝縮させて、直径わずか20マイクロメートルの核の中に収納しているわけです。
この凝縮された状態をクロマチンと呼びます。
DNA、クロマチン、核
https://gendynamik.wordpress.com/226-2/

で、遺伝子が発現するためには一旦クロマチンをほどいてやる必要があり、これはヒストンのアセチル化を制御する酵素により制御されています。
発現される遺伝子は、クロマチン構造が解かれてオープンになります。
そのオープンになったところだけを狙ってDNA配列を読むことができれば、実際に発現されるべきところの遺伝子を網羅的に調べることが可能です。


Buenrostro JD, Giresi PG, Zaba LC, Chang HY, and Greenleaf WJ. (2013) "Transposition of native chromatin for fast and sensitive epigenomic profiling of open chromatin, DNA-binding proteins and nucleosome position." Nature Methods. より引用
Tn5というトランポゼースは、オープンクロマチンの部分を認識して、さらにシークエンスに必要なアダプター配列を挿入してくれます。
これをうまく組み合わせて、オープンになった遺伝子(とは限らない)を効率良くNGSで読むことができる、これがATAC-Seqです。
株式会社Rhelixaさんのサイトにもっと丁寧な説明がありましたので併せてどうぞ。
こち


さて、
そのATAC-Seqをシングルセルレベルで行うのが、この秋登場予定のシングルセルATACキット。

流路に流すのは細胞ではなくて核・Nuclei
ミトコンドリアのコンタミを最小限にすることができ、サンプルあたり500〜10,000 Nucleiを解析可能。
Nucleiの準備がもしかしたら肝になるでしょうね。どれだけキレイに取ってこれるか。

一度Nucleiの準備が整ったら、Chromiumでのラン、バーコード、PCR、サンプルクリーンアップ、QCなど含めてライブラリ調整にかかる時間はおよそ7時間。その後はHiSeqなどでシークエンス、という流れです。
ソフトウェアもリリースまでには完成する予定です。楽しみですね!



2018年8月17日金曜日

Chromiumはどんな細胞サイズも多分 OK


前回、Chromiumの特徴をいくつかあげました。
  • チップ1つに8サンプル(8チャンネル)流すことができる
  • ゲノムDNAなら1ngからスタート(長いDNAにサイズセレクションしていること)
  • 細胞なら100個から10,000個までを1チャンネルに流せる
  • 細胞のサイズは結構フレキシブル 小さい細胞もOK
  • ランした細胞の65%までをキャプチャーできる
  • 3’発現解析のフローの場合ラン時間はたったの7分(ゲノムの場合は20分)
このうち、細胞のサイズについて少し付け足します。
細胞、と言ってもその大きさは様々ですよね。
小さいものだと血小板や赤血球は直径数ミクロン(2 μm - 8 μm)
線維芽細胞で10 μm - 15 μm
軟骨細胞で約20 μm
マクロファージはもっと大きくて20 μm - 80 μm
がん細胞株や、神経細胞、肝臓細胞なども大きい

Chromiumのシングルセル技術は、2 μm の細胞も、大きな細胞もキャプチャーすることができます(正確には、シングルセルRNA-Seqの場合は細胞の大きさに制限は無い修正:とてつもなく大きい細胞の場合、流路を通り抜けることができません。その時は細胞ではなく、核を抽出して流す、というプロトコルがあります。それを使えば細胞の大きさに制限は無い、という意味でした)ですが、シングルセルCNV解析の場合、2018年8月の段階では30μmのサイズまではテスト済み)。
これは他社の技術と違う点です。
様々なサイズの細胞を取りこぼし無く解析できるということは、それだけ正確に組織中で何が起きているかを知ることになるわけです。


もうひとつ、Chromiumの特徴をあげるとすると、
ワークフローが完結する、ということ。

シングルセルを準備するのはユーザーの仕事ですが、そこから先の、
シングルセル内で発現しているRNAや、シングルセルの中に含まれるDNAに、10xのバーコードを付けて、イルミナシークエンサー用のライブラリを作る
まではChromiumがやってくれます。

ゲノムの場合は、ユーザーが高分子DNAを用意し、そこから先は、
DNAフラグメントに10xバーコードを付けて、これまたイルミナシークエンサー用のペアエンドライブラリを作る
までChromiumがやってくれます。

その先のシークエンスはHiSeqなどを使って行ってもらう必要がありますが、出てきたデータの解析は、フリーのLinuxソフトウェアがあります。
コマンドラインになりますが、それほど複雑ではありません。(と言っても全くコマンド使ったこと無い人には敷居は高いかもしれない。実際は、誰かバイオインフォに詳しい人に最初は助けてもらう方が良いと思います)

で、解析後のビューワーは充実しています(シングルセル解析の場合)。
ゲノムアセンブリは大抵、他の技術(例えばPacBioとかHi-Cとか)と組み合わせて解析すると思うので、10人いれば10通りの解析手段があると思うんです。
倍数体とかもバラバラですし。

でもシングルセルの場合は、今までバルク(細胞集団)で行ってきた発現解析やCNV解析などを、1細胞のレベルで解析するということなので、アイデア自体は突飛なことも無いのかなと思うのです。

ただ解析して出てくる結果の解釈が今までと考え方を変えないといけないでしょうね。
これまでバルクでやっていた発現解析は、細胞集団の発現の平均で、異なる組織やタイムポイントなどで比較していたと思います。
それが今度は細胞集団の中でいろんなパターンの発現を示す細胞を見ないといけない。
次元がグッと広がるんです。



付属するビューワーは良くできていて、解析結果をパッと見るフリーツールにしては完成度が高いです。
でもそこからバイオロジカルな答えを導き出すのは、ソフトウェアでは無くて研究者の仕事ですよね。
つくづく、研究者ってすごいなーと思いますよ。こういう業界にいると。


さて、シングルセルといえば、細胞壁のある植物細胞のシングルセル解析は難しいと一般に信じられているかもしれません。
ところが先日とあるユーザーさんが、植物細胞でシングルセル解析をしていることを知りました。
酵素で細胞壁を壊してProtoplastにして、Chromiumに流しているらしい。
まだそれ以上はオープンでありませんが、「結構いける」らしいので、そのうちここでも紹介しますね


2018年8月13日月曜日

GemCode, GEM, とは?

(注意:ここに書いてあった文章は2019年1月に削除しました。すみません)


コアの技術はGemCode Technology
これは、マイクロ流路チップの中で、高分子DNAや細胞を数万ものGEMと呼ばれる液滴に分けることができる技術です。
その後、温度管理されたインキュベーションを経て、GEMの中に分けられた高分子DNAフラグメントやcDNA は、もともとのGEMごとにユニークな10xバーコードが付けられるのです。
この10xバーコードは16塩基から構成され、Gel Beadsというビーズにたくさん結合しています。
このバーコード付きのビーズが含まれたナノリットルサイズの液滴のことを、GEM(Gel Bead in Emulsion)と呼んでいます。



 マイクロ流路の中には、10xバーコードが付いたGel Beads(図中では赤や緑の丸)、細胞と酵素(液体と下からの丸)が左側から押し出され、二番目の管にはオイルが流し込まれます。
そうすると上手い具合にGel Beads1個が、オイルの中で液滴に含まれるようになります。
この辺は絶妙な流路の細さなんですよね。

この液滴(GEM)には、細胞は限界まで希釈されて流されます。およそ90〜99%のGEMには細胞は入らず、空っぽです。そうすることで、GEM1つに複数の細胞が入ることを防いでいます。(←ここの文章が前回少し誤解を招きそうだったので修正しました

細胞がちゃんとキャプチャーできる割合は、最大65%です。
そんなもんなん?って言わないでください。結構高い割合ですよ。
この数字が高いほど、失う細胞も少なくて済みます。

ひとつのGEMに2つ以上の細胞が入る確率は、アプライする細胞の濃度によって変わります。
濃度を薄くすれば2つ以上入る確率は低くなり、例えば1700個程度の細胞をランすると2つ以上の細胞が入る確率は0.8% 程度だけれど、10倍の細胞を流したらこの確率は8%に増えるらしい。
ただ、取得できる細胞の数も10倍に増えるので、この2個以上の細胞が入る割合(Doublet Rateという)は取りたい細胞数とのトレードオフになります。

ま、そんなこんなでGEMの中にキャプチャーされた細胞は、酵素処理されて直ちに融解。
発現していたメッセンジャーRNAは、Gel Beads表面のバーコードが付いたPoly-Tオリゴ配列と結合して、cDNAに逆転写される。
注意;これは発現解析の場合です。

Gel Beadsの1個につき1種類のユニークな10xバーコードが付いています。別の言い方をすると1万個のGel Beadsには1万種類のユニークなバーコードがGel Beadsごとに振られているということ。
ランして、Gel Beadsが入った液滴(GEM)には1つの細胞が入っている、とします。
つまり、細胞が溶解してビーズに結合したRNAからのcDNAには、もともとの細胞ユニークなバーコードが振られる、ということ。

こうして反応されたcDNA に付いているバーコード配列は、もしその配列が同じなら、もともと同じ細胞由来の遺伝子発現だったということがわかるのです!

Chromiumは、このGEMテクノロジーを使って

  • チップ1つに8サンプル(8チャンネル)流すことができる
  • ゲノムDNAなら1ngからスタート(長いDNAにサイズセレクションしていること)
  • 細胞なら100個から10,000個までを1チャンネルに流せる
  • 細胞のサイズは結構フレキシブル 小さい細胞もOK
  • ランした細胞の65%までをキャプチャーできる
  • 3’発現解析のフローの場合ラン時間はたったの7分(ゲノムの場合は20分)

ということができる装置なのです。


2018年8月8日水曜日

Chromium買ったら何ができる?

今年は信じられないくらいの猛暑ですね。
私の良く知っている普段は暑さに強い人も、熱中症にかかってダウンしたと聞きました。
みなさんお元気ですか?

この間、10xって何て読むの?
という人がいたのですが、てんエックス、って読みます。
テネックスっていうとネイティブっぽく聞こえるかな。

装置はChromium、クロミウム、って読みます。
大きさとしては下の写真でわかる通り、結構コンパクト。

がん免疫学会
スクラムさんのブースにて
この機械が何をしてくれるのか、というと、ざっくり言って
  1. ゲノムシークエンスのための特殊なライブラリ(イルミナ社のシークエンサー用)
  2. シングルセル解析のための特殊なライブラリ(同じく、イルミナ社のシークエンサー用)を
簡単に作ってくれる。

ゲノムシークエンス用には、Linked Readという技術が使われていました。
Synthetic Long Readとも言われていて、ある意味、PacBioと競合関係にあったんですよね。
それについては以前「パックマンの挑戦」でも書いたのですが、またいつか改めて書きます。(まだ私からPacBioのイメージが抜けて無いので、PacBioと被るアプリケーションはもう少し避けておきます、という大人の事情により)


 (ここの間に書かれていた内容は、2019年1月に訂正、削除しました)



さて、Chromiumを買ったら何ができるか?

今(2018年8月)Chromiumでできるシングルセルアプリケーションは3種類あります。
  1. シングルセル発現解析  scRNA-Seq
  2. シングルセルV(D)J解析 - sc V(D)J repertoire
  3. シングルセルコピー数変異解析 scCNV
今後ひとつずつ説明していこうと思います。
ひと言で簡単にいうと、こんな感じ
  1. 遺伝子発現を一細胞レベルで解析する
  2. ヒトまたはマウスのα鎖β鎖、BCR、IgGのH鎖L鎖のペアを一細胞レベルで解析する
  3. ゲノムのコピー数変異を一細胞レベルで解析する
今まで複数細胞まとめて解析するのが一般的だったのが、今や技術の進歩と解析アルゴリズムやソフトウェアのおかげで一細胞レベルで解析が可能になったのはすごいと思います!
また、これもぜひ紹介したいのが、CITE-Seqという分野で、遺伝子発現と細胞表面タンパク質の発現を同時に検出できるんです。
それもサンプルあたり数千数万という細胞を一度に解析できて、かつ抗体も複数同時に検出できるんです。
免疫学の分野で相当なインパクトになると、個人的にも確信しています!

今年後半にかけて、10xはさらに新しいアプリケーションを発表していく予定なので、目が離せませんよー!